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今回は国土交通省近畿地方整備局が実施した2004年度の「近畿」と「みち」をテーマにしたショートストーリーコンテストで、最優秀作品に選ばれた「命の道」をラジオドラマにして放送しました。そのシナリオ(抄録)を掲載します。


作・坂本ユミ子 脚本・北原義敏 演出・宇田川秀樹 出演・稲野一美 田井隆造 里郁美 松村安恵

 


震災直後の国道43号(神戸市東灘区深江)
写真提供:国土交通省兵庫国道事務所
母・語り「これは、ちょうど10年前のお話です。その日、娘夫婦と孫は、何年ぶりかで川の字になって寝ることになりました。とは言うても、一家和気あいあいの夜を過ごすために、そないしてたわけやありません。その日の朝に起きた阪神・淡路大震災で、幸男さんのご両親の自宅が全壊してしまい、取り敢えず娘たちの住む神戸・東灘のアパートに来はったからです。2DKのうちの一部屋をご両親に提供し、電気もガスも水道も止まってしもてる家で、恐怖の1日を終えようとしていたのです」

美紀「お母さん、あのロウソク、前からあったん?」
道子「何やの、まだ起きてたん?」
美紀「こんな暗したら、恐あてよけいに眠られへん。ロウソクつけっぱなしにしといてや」
道子「そうしたいねんけど、火やから、ちょっと恐いねん。それに、ロウソクかて貴重やし」
美紀「他にないのん?ロウソク」
道子「ロウソクなんか、普段、使うことあらへんから、他に買い置きなんかないねん。あれも、14年前、お父さんとお母さんの結婚式で使うた、メモリアルキャンドルなんや。結婚式の後、1回だけ着けてみたことあるけど、その後はずっと押入れの中や。これからは、ちょっと買うとかなあかんな」
美紀「あしたも電気、けえへんの?」
道子「まだ無理やろうな」
美紀「学校は?あしたも休み?」
道子「多分な。けど、もう寝なあかん。はよ寝え」
美紀「うん…なあ、お父さん、さっき泣いてたんちゃう?」
道子「ラジオのニュース聴いて、悲しくなりやってん。お父さんが涙流してたん、お母さんも初めて見るわ」
美紀「どんなニュースやったん?」
道子「長田でな、壊れた家の下敷きになってたお母さんがいたんや。ほんで、子供らが必死に助けようとしたんやけどな、火事がすぐ近くまで来て、そのままやと子供らも焼け死んでしまうから、お母さんが『私はええからはよ逃げ!』て言うたんや」
美紀「そんなん、かわいそうや。かわいそ過ぎるわ」
道子「ほんまやな」
美紀「私、お母さんがそんなんやったら、一緒に死ぬ」
道子「大丈夫や。私はちゃんと美紀の横にいてるから。大丈夫大丈夫。そやから、安心して寝っ」
美紀「うん。…ねえ…西宮のおばあちゃん、大丈夫かな」

母・語り「西宮のおばあちゃんというのは、この私のことです。この日、道子は、一人暮らしの私のことを心配して、朝から電話を掛け続けてくれたんですけど、結局は通じひんかったようです。寝しな、孫の美紀に言われて、また私のことを思い出した道子は、心配で寝付けんようになってしもて、布団を抜け出し、ロウソクに火を灯して、日記をつけはじめたのでした。日記なんかつけたことなかった子なんですけど、書かずにいてられへんかったんでしょう」

道子の記録
 1995年1月17日午前5時46分、兵庫県南部地震発生。私たちが住むアパートは、給水塔が落下して、1階ロビーのガラスが割れたが、建物は何とか無事だった。しかし、同じ町内にあった義父母の家は全壊。2人とも奇跡的にかすり傷で住んだものの、老いた身で避難所生活はあまりに過酷なため、我が家で暮らすことになった。ともあれ、無事で何より。
 残る心配は西宮の母だ。朝からまったく電話が通じない。電車が止まり、行くこともできない。我が家に車はないし、あったとしても道が渋滞せて動かない。あしたは朝1番に、夫と自転車で向かうことにしているが、今頃、真っ暗な寒空の下で、母は助けを求めているかも知れない。それを思うと眠れない。
 娘は今朝、『今日は学校行かへんでええの?』と私に聞いた。『行かれへん、それどころやない』と私が答えると、『ラッキー!宿題してなかったんや』と冗談を飛ばして場を和ませた。それと、地震の瞬間を『ジェットコースターに乗ってるみたいやった。宝塚のビックワンよりすごかった』とも言って、周囲を笑わせた。しかし、実際、地震の時には、私にしがみついて、体をがたがた震わせていた。それだけに、娘がそんな軽口を叩くたび、余計にいとおしくなる。
 アパートの大家さんは、奥さんと中学生の息子さんを亡くされた。店子の私たちが生き長らえたのに、自らの家と家族を亡くされるとは、お気の毒で言葉もない。
 今日1日あったことが、頭から消えない。いくらでも書ける。もういい加減にして眠らなければ。あしたは早いのだから…