●鐘の鳴る道 その2
 

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信吉「おかん、高校の時によう遊んだ吉田て覚えてるやろ。福島の吉野のやつ。おやじさん、亡くなりはったんやて」
和子「あら、お気の毒に」
信吉「ちょっと、お通夜行って来るわ。香典袋、ある?なんて書いたらええんやったかな」
定吉「御霊前か御悔や」
和子「あれっ、お父さんも行くの?」
定吉「吉野の吉田さんには、商売でお世話になってるんや」
和子「じゃあ、2人で一緒に行ったらええやん」
定吉「ついて来たかったら、勝手に来い」
     
       * * *
和子・語り「信吉が就職した後は、さすがに昔ほど喧嘩をすることものうなった2人ですが、サラリーマン生活5年を終えた今から2年ほど前、信吉が、私たちをびっくりさせるようなことを、突然口にしたんです」
信吉「お父ちゃん、ちょっと話あんねん。おかんも聞いてくれや。あんな、僕、豆腐屋になりたいねん」
和子「ええっ、豆腐屋て、うちみたいな豆腐屋のこと言うてんの?」
信吉「当たり前やがな。他にあれへんやろ。会社、今月いっぱいで辞めんねん」
和子「信ちゃんみたいな若い子がリストラされるやなんて」
信吉「リストラちゃうねん。自分で辞表出したんや。豆腐屋になりとうて。なあ、お父ちゃん、ええやろ?」
定吉「お前は一人前の男や。勝手にしたらええ。けど、どこの豆腐屋で働くねん」
信吉「どこて、ここや。森福や。お父ちゃんの下で、豆腐屋になりたいねん。ええやろ?」
定吉「お断りや!」
信吉「えっ?」
定吉「お前一体、何様のつもりや。子供のころから、お父ちゃんの商売、ばかにしくさって、跡を継ぐどころか、手っとうたことすらいっぺんもなかったくせに。リストラやなかったら、上司と喧嘩でもしたんか?それとも、もう出世できへんて、自分の将来が見えてきたんか?」
信吉「どっちゃでもないて。僕はほんまに豆腐が作りたいねん。いや、作りとなってん」
定吉「この森福は、負け犬の駆け込み寺ちゃうねん。お前のひいおじいちゃんも、わしの親父も、わしも、1年365日、豆腐のことばっかり考えて、こつこつ大事に大事にやってきたんや。社会に出て弱音吐くやつが、人様に喜んでもらえる豆腐なんか作れるはずないやろ」
信吉「お父ちゃんは、何で僕の話を聞いてくれへんねん」
定吉「聞くまでないちゅうことや。とにかく、うちとこは間に合うてる。豆腐屋になりたかったら、よそへ行け、よそ!」
信吉「ああ、そーか。よしゃ、分かったわ。よそいったるがな。ついでに、この家も出ていくわ!」
和子「ちょっと、信ちゃん!」
定吉「ほっとけ。せいせいするわ」
和子・語り「ああ、困った困った。ついに、わが家最大のピンチを迎えてしまいました。ほんまに、どないしょ」


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