今回は、2002年に国土交通省近畿地方整備局が実施した、
近畿の道がテーマのショートストーリーコンテストで、
最優秀作品に選ばれた『鐘の鳴る道』を、ラジオドラマにして放送しました。
そのシナリオ(抄録)を掲載します。

原作:岳勇士(やまとたけし)
脚色:北原義敏
演出:宇田川秀樹
出演
 定吉:工藤恭造
 信吉:田井隆造
 和子:稲野一美
 客 :松村安恵


●鐘の鳴る道 その1
 

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●豆腐売りの鐘の音が鳴る福島の道
 「豆腐屋さーん」
定吉「まいど。おはようございます」
客 「おはようさん。えーと、絹ごし1丁と薄揚げ2枚」
定吉「すんません、薄揚げ1枚になってしまいましてん」
 「ほんま。ほな1枚でええわ」
定吉「すんませんな。ほな、これで。225 円です」
 「200 …25円と、はい」
定吉「まいどどうも。さてと、ほな、今日はぼちぼち戻ろか」

      * * *
和子「お父さん、お帰り。今朝はどやったん?」
定吉「まあまあや。薄揚げが全部出たさかいな」
和子「油揚げが売れた時は、いっつも嬉しそうやね」
定吉「そりゃそや。うちの看板商品やさかいな。1枚1枚手揚げしてるんは、じいさんがこの店を始めて以来のことや」
信吉「お父ちゃん!こんなとこに自転車置かんといてくれて、
言うてるやろ!バイク出されへんやんか」
定吉「おい、大事な商売道具やぞ。乱暴に扱うな」
信吉「大して稼いでへんがな」
定吉「何やと!偉そうにぬかしやがって」
●バイクで去る信吉
和子・語り「夫の定吉は、大阪の福島にある豆腐屋『森福』の三代目。 中学を出てから40年近く、作った豆腐を自ら自転車で売りに回る毎日を送っています。豆腐は昔ながらの手作り。業以来の味を頑に守るその姿も、息子の信吉に言わせれば、時代遅れのひとことです。それにしてもこの2人、日頃はほとんど口をきかず、たまにきけば喧嘩ばっかり。 ほんまに困ったもんです」

●ナイター中継を見ている定吉
定吉「よしゃ、走れ走れ!くそっ、アウトか。しかも滑り込んでけがしよったか。あかんなあ、きょう日の選手は。走り込みが足りひんねん」
信吉「また素人がいっぱしの解説者気取りや。理論が古いねん。 やれ走れだの根性だのて。今は科学的なトレーニングせな、ついていかれへんねん」
定吉「昔ながらのもんでも、ええことかてぎょうさんあるわい」
信吉「信吉ちゅう僕の名前もか。今どき信吉て、僕は21世紀を生きて行く若者なんやで」
定吉「年とったらええ名前やて思うはずや。若いうちは、目先のことやら、物事の表面やらしか見えへんねん」
信吉「表面しか見てへんのは、そっちや。頭の固い年寄りこそ、全然論理的やないやんか。僕はな、大学で、ちゃんと客観的論理的に物事を分析する方法を学んでんねん」
定吉「お前がそないして大学行けてんのも、わしが昔ながらの豆腐を毎日作ってるからやないか」
信吉「僕はそんな生活嫌やね。一つ100 円やら150 円やらのもん、一体、なんぼ売らなあかんねん。僕は卒業したら、ノンバンクの会社に入るつもりや。ほんで、有望なビジネスに投資して、お金がお金を生んでいくような仕事をすんねん」
定吉「この世の中に、金の成る木なんかあらへん。そういう商売は、誰かの笑い顔の陰に、ちゃう人の泣き顔があるんちゃうか。わしの商売はちゃうで。毎朝、自転車こいで、福島やら浦江やら回ったら、みんな待ってたでえいう顔してくれるんや。わしは誰も泣かしてへん」
●電話が鳴る
和子「はい、森福でございます。ああ、ちょっとお待ちくださいね。信ちゃん、電話」
信吉「うん。もしもし、ああ、久しぶり。うん、えーっ、ほんまかいな!よしゃ、分かった」
●電話を切る信吉

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