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「この地方は、地形的に大雨が降ると湖のようになってしまい、大事な稲作が不安定だったため、荒れ地に生えているヤナギを使って暮らしを立ててキマシタ。杞柳というのは、コリヤナギという学名を持つヤナギで、行李柳(こりやなぎ)を編むのに適した、非常にしなやかなヤナギです。ヤナギは普通、シダレヤナギをを連想しますが、これは下から真っすぐ上に伸びるヤナギで、全然違うんですよ」 1階は土産店とレストラン、2階が石や鉱物の展示場です。 「常時、千数百点は並べてます。看板は、アメリカで話題を呼んだアマゾナイトの大きな塊で、世界中どこの博物館へ行ってもこれだけのものはないと思います。ぜひ見てもらいたいですね。小松左京さんが来られて、『ここでは地球の窓開いてるぞ』っていうようなことを、市民に話されたことがあります」 |
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「杞柳細工は、西暦27年に天日槍(あめのひぼこ)が伝えたと言われております。実際の物としては、奈良の正倉院にこの地で作られたと考えられる行李(こおり)が御物として残っています。また、豊臣秀吉が全国を平定し、豊岡にお城と城下町が出来た時には、既に産業になっていて、秀吉にも献上した記録が残されています。しかし、本当に産業にしたのは、江戸時代に国替えで宮津の方から豊岡にやってきた京極氏です。藩のはんこを押したしゃくしを作り、一定の規格の物はすべて藩が買い上げ、問屋をつくり、取り扱う商人や運送業者を指定するという専売制度を確立して、伊勢講や参勤交代の際、日本全国に商人を連れながら売り広めていきました」 |
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「行李にはたんす1さお分の物が入り、2階から投げても壊れない。雨が降れば、水分を含んで中の大事な物を保護してくれる。普段は通気性が良く、和服もこれであれば安心だといわれ、日本の風土に適した非常に丈夫で携帯に便利なものとして、日本中に愛好されていったんだと思いますね。最近は、昔と違った新しい感覚で、高級な手提げかごに挑戦しています。雅子さまにも持っていただいていて、今、注目を集めています」
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