写真提供:全国車いす駅伝競走大会実行委員会 |
●慌てて自転車で西大路御池に駆けつけた哲
哲 はあ、はあ、はあ(息荒く)。どこや、冴ちゃん。よいしょ、よいしょ。
係員 自転車の人!気ぃつけてくださいね。人が多いところでは、下りて押してください。
哲 あっ、はい。分かりました。ほな、よいしょと。さて、どこやろ。あっ、あれ、福祉のおっちゃんちゃうか?あのぉ、こんにちは、(言いにくそうに)社会福祉士ししさん…
社会福祉士 おお、確か、陽介さんとこの子やったな。はははっ、いつものように、福祉のおっちゃんでええよ。
哲 あの、冴ちゃんがいいひんねんけど。
社会福祉士 そーか。あっこに、あんたのおとんも、スタンバイしてるで。見てみい、居並ぶアンカーの中でも、一番ごっつい体や。
哲 ほんまや。槍投げの選手みたいや。
社会福祉士 ほれほれほれ、来たで。白バイや。あの後にな、4区の選手が続いてるやろ。
哲 かーっ、みんなごっつい体やな。とくに先頭集団は、プロレスラーみたいや。うぉ、うぉぉぉぉっ、すげえ!
社会福祉士 そやろ。時速30kmや。ごっついスピードやろ。近づいて来ると、迫力分かるで。
哲 こんなんとは思わんかった。
社会福祉士 わしも最初はびっくりしたで。これをな、去年、退院したばっかりの陽介さんと、冴ちゃんに見せたったんや、わし。
哲 その気にさせた張本人は、おっちゃんやったんやな。
社会福祉士 さっ、来るで。4区の選手にタッチされたら、いよいよ出番や。ほれほれ、あんたも旗振って応援せんかいな。ほれ。
哲 う、うん。
社会福祉士 がんばれーっ!陽介くーん!
哲 よしゃ、今日は休戦や。取り敢えず応援したろ。
社会福祉士 来た来た来た来た来た。タッチや。陽介君、スタートや!
哲 行け!その調子や!なあ、おっちゃん、西大路三条の交差点、一番で突入しそうやで。
社会福祉士 そやな。その調子や。行け!
2人 ああっ!!
社会福祉士 投げ出されよった。嵐電の線路の溝に、タイヤをはめてしもたんや!
哲 父さんを助けな。
社会福祉士 待てっ!あかん。あんたが触ったら失格になる。大会の係員に任せとけ。
係員 大丈夫ですか?
陽介 大丈夫です。
係員 どうしますか?
陽介 続けます。乗せてください。
係員 はい。じゃあ、捕まってください。よいしょ。
社会福祉士 よしゃ、陽介君、行け!亜紀子さんが、待ってるで!
哲 あれっ?父さんのゼッケンから、何かが落ちたんちゃう?2枚、紙切れみたいなもんが…(掛けより)何や、何や。これ、何や。えっ、写真や。1枚が母さん、もう1枚が、…僕の写真…これは・・・
社会福祉士 ゼッケンに、冴ちゃんが縫い付けてたんやろ、それ。
哲 えっ?
社会福祉士 陽介君はな、1年前の今日、「哲が誇れるオヤジになったら、妻の写真を正面から見られますね」ってわしに言うて、走りはじめたんや。退院してすぐは、自分が情けのうて、申し訳のうて、亜紀子さんの写真をまともに見られへんかったらしいわ。そやから、走ろう、走るぐらいしかできへんから、やってみようって、決意したんや。
写真提供:全国車いす駅伝競走大会実行委員会 |
哲 そうやったんか。
社会福祉士 その決意を聞いたさかい、冴ちゃんも頑張っとるんや。アイツは走らなあかんねん。例え転んでも、ベベになってもな。そやから、わしら応援してるんや。
哲 よし、分かった。僕、自転車も追っ掛けて、応援するわ。
社会福祉士 30kmやで、必死にこがな、負いつかんで。
哲 分かってる!
●追う哲
哲 はっ、はっ、はっ。よしゃ、もうちょっとで追いつく。父さーん、頑張れ。よしゃ、追い越せたぞ。ここで待ち伏せや。父さーん、父さーん。
陽介 テーツー。行くぞー!グォーッッッ。
哲 うおっっ、すげえ!僕も負けへんで。しっかり自転車で付いていくで。頑張れ、頑張れ、頑張れ。いよいよや。いよいよ、五条通りやで。おとといは、「母さんを踏んで行く」なんて言うて、ごめん。父さん、五条通、乗り越えてくれ。
塾の生徒たち 陽介せんせーい、ありがとーう!
哲 あれっ?
冴 テッチン、来てくれたんやね。
哲 冴ちゃん
冴 塾の生徒たちも、みんな来てくれてるんよ。
哲 陽介先生、ありがとう…って。
冴 さあ、来たわよ。来た来た来た。
哲 なあ、冴ちゃん、父さん、うまく西大路五条の交差点、越えられるかな。
冴 あったり前やん。テッチンのお父さんなんやから。
哲 あっ、すぐ前の選手、ちょっと左に膨らんだんちゃう?
冴 うん、膨らんでる。チャンスやインサイドから追い抜くわよ。行け!お兄さーん!
哲 すげえ、F−1みたいや!
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●ブログをつける哲
哲 父さんは、無事に西大路五条の交差点を越え、西京極へとゴールしました。僕は、ポケットから母さんの写真を出して、そっと撫でました。何か不思議な温もりがありました。そして、顔を上げると、そこには泣いている冴ちゃんが居ました。僕はその時、はっとした・・・
哲 僕が、母さんの写真を、自分の部屋に置き続けることにした理由。それは、父さんの隣には、できたら、冴ちゃんに座って欲しいから。皆さん、2月26日の日記は、これでお終いです。また、明日の「ねくすとしーん」をお楽しみに。あしたも、あさっても、その次も、僕の「ねくすとしーん」は続きます。
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