よみがえった、幻の和紙。 <杉原川の地図はこちら> |
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杉原川
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杉原川沿いにある「杉原紙研究所」は、伝統的な和紙である杉原紙を昔ながらの手すき工法で作っている施設。間近で作業を見ることができる上、オリジナル和紙をすく体験もできます。杉原紙研究所の藤田尚志(ひさし)さんにお話を伺いました。座っている座布団が和紙でできています。
「和紙の一番の特徴は強さです。この座布団もミシンで縫ってます。手触りも、優しい感じがすると思います。来られたお客さんも触られて、『ああ、いいな』って一番におっしゃっいます」 |
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杉原紙
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杉原紙はいつごろからすかれていたのでしょう。
「7世紀後半ぐらいからと言われていて、最初は『播磨紙』と呼ばれていました。この周辺が藤原摂関家の荘園『椙原庄』だったため、その後、杉原紙の名になっていったようです。最初は主に写経用紙としてごく一部で使われていましたが、鎌倉時代になると東の方の国でも使われるようになり、幕府の公用紙にもなりました。一番のピークは江戸時代半ばで、杉原谷地区だけでも300軒以上の製紙業者があったと言われています。しかし、明治時代になると、機械で紙が作られるようになり、また、造林業が盛んになって山に自生していた原料のコウゾなどの雑木が切られてしまって、全国的な傾向として徐々に手すき和紙が減っていきました。杉原紙が途絶えたのは大正時代です」 |
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杉原谷での紙づくり
写真提供:杉原紙研究所
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どう、復活したのでしょう。
「杉原紙という名前だけが文献に残り、発祥地が分からなくなっていましたが、和紙研究家の故・寿岳文章(じゅがくぶんしょう)先生が、昭和15年、杉原紙のルーツを調べにこの地を訪れ、ここが発祥地やということを実証されました。それに立ち会われていた郷土史家の故・藤田貞雄先生が、独自で杉原紙について研究されると、杉原紙復活の声が町民全体から出てきて、昭和45年、お年寄りが中心になって、半世紀ぶりに紙すきを復活させました」
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杉原紙すきに挑戦
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杉原紙はどのように出来ていくのでしょう。
「切ってきたコウゾを蒸して、その皮をはぎます。使うのは皮だけです。皮の表面の茶色い部分を削って白皮を取り出し、大きい釜で煮て柔らかくしてからつぶし、布団の綿のような感じにしてから紙すきの作業に入ります。ほとんど手作業なので手間はかかります。紙すきに大切な水は、冷たくて奇麗であることが条件です。杉原川でも、和紙を作っているのは源流に近いところですが、それが一番の理由です。ただし、いくら冷たく奇麗でも、水道水には薬品が入っていますので、紙はすけますが、長く置いておくと傷んでしまうと思います。やはり自然の水が必要です」
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杉原紙研究所
■開館時間/8:30〜17:15
■休館日/水曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始
■入館料/無料 *紙すき体験は有料(要予約)
■TEL /0795−36−0080 |
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