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  個人でアユ放流を続ける理由。 
 

大和川と石川の合流地点
 大和川に戻り、柏原市役所すぐ近くの河川敷に来ました。向こう岸には、支流の石川が直角に近い角度で合流しています。ここで2週間前、アユの稚魚が放流されました。しかし、放流したのは漁協ではなく、全くの個人です。ご当人の平山良一(よしいち)さんにお話を伺いました。平山良一さんは、川も空気も奇麗だった昭和30年代、お住まいの大正区から大和川までよく来て遊んだとのことです。
「幼いころ、亡き父がポンポン船を持っていたので、乗せて連れてきてくれました。また、自転車ごと渡し船に乗って津守に出て、大和川の下流に来たりもしました。泳いだり、魚を釣ったりしただけですが、幼いころの大和川は、岩があり、こけが生え、水がすごく奇麗で、大きな川でした。カレイやハゼ、少し上流では落ちアユをぎょうさん取っている方がいました」


今年のアユ放流の様子
写真提供:柏原市役所

 少年時代には、大和川に全く関心がなかったそうです。アユの放流に至ったのはなぜでしょう。
「平成9年10月ごろ、仕事で大和川の下流を堺方面に渡る際、河川敷でコーヒーを飲みながらちょっと座ってたんです。その時、大和川の景色が全く変わってしまってることに気付きました。私の記憶違いかなとすら思いました。砂だらけだったんですよ。それで、下流から奈良県まで約40kmある大和川本流を約1週間かけて見て、石川も河内長野までずうっと見たんですが、砂ばかりでした。放流できるのはこの場所しかないんですよね。堰(せき)があって水がたまり、国分(こくぶ)に浄化施設があって水が奇麗。また、アユが大和川で産卵できない場合、ここなら平野川や長瀬川、さらには大川へとアユが逃げて行けます」



 


アユ放流は子供たちが主役
写真提供:柏原市役所

 放流は平成10年6月、最初に行われました。
「平成10年に2万匹、平成11年と17年は様子を見るために休みましたが、大体、1万〜2万匹の間で放流しています。砂が除去されて本来の姿になれば、10万匹放流しても少ないぐらいです。大和川には約30種類の魚がおり、アユだけがいなくなった。それを戻せばいい。アユは、下流までは大阪湾から戻っているのが確認されていますが、上流に上っていません。言い方がきついかもしれませんが、大阪府から奈良県に入ったところは、夏に水が少なく、悪臭すらします。上流から下流まで、砂を除去しない限りだめなんですよ。砂を取り上げ、岩にこけが生え、ヨシが生えて、生態系を取り戻した時に、私は放流を止めます。早く止めたい」

 


大阪府柏原市で大和川を訪ねました。平山さんは、少年時代に見た大和川が戻り、アユ放流から身を引ける時を待ち望んでいました。