奈良県明日香村、「飛鳥川」最上流。幅1mあまりの川の水の勢いはよく、色づいた木の葉が流れる。
大和川は奈良県内に、佐保川、竜田川、曽我川などの支流があるが、なかでも知られているのが飛鳥川だ。
明日香村の南端、吉野町との境界辺りから流れ出し、寺や遺跡の間を縫い、
橿原市を経て奈良盆地の中央で大和川に注ぐ。飛鳥の都や文化を支えたといわれる飛鳥川。
今回は、太古のロマン眠る“日本の源流”、飛鳥川を訪ねる。

 

 

       <飛鳥川の地図はこちら>


神名帳300に選ばれた社。


万葉集にこんな歌がある。
 
世の中は 何か常なる飛鳥川 昨日の淵ぞ 今日は瀬になる
飛鳥川は、世の無常や転変を意味する言葉として使われている。
古来、淵と瀬の急変で名高い川だからだ。千数百年にわたり、
歴史の移ろいを見てきた川ともいえる。
ここ栢森(かやのもり)に住む、「神奈備の郷、川づくり整備
検討委員会」委員の森川一憲さんに伺った。
加夜奈留美命(かやなるみのみこと)神社の境内、空気が清々しく、
鳥の声や川の音が聞こえる。その川は飛鳥川の支流のひとつだ。
川と川の間に小さな社があるが、これは珍しいのでは。
 「ええ。昔の人たちは、川の近くに住みついたんでしょう。
 でも、住みやすい代わりに災害があるので、氾濫を鎮めるため
 にお社を。というのも、加夜奈留美命さんは、国の守りを引き
 受けられた大国主命のお子さんですから。延喜式の神名帳に
 記されている全国3000社ほどの中で、重要な神様が
 300社ほど。ここを含めて、そのうち4社が明日香村にあります。
 この神社にもいろいろ説があります。元は5キロほど下った飛鳥
 の神奈備にあり、(画家の)富岡鉄斎先生が来られて、
 土地柄からしてここに移すべきだということで、
 ここに移したといいます」
大木が連なっている。石段を上って奥へ。
子犬が足元に抱きついている狛犬がある。
 「珍しいでしょ。女の神様だからでしょう。左側には子犬が付き、
 右側は雄の狛犬。対なんですね」


天皇がここで雨乞い。

神社から少し車で上がって林道に入ると、棚田が広がる。
 「赤米を作っています。稲の原種です。他の米の隣り合わせで作ると
 交配してしまいますが、ここは周囲が山ばかりで、
交配雑種になる
 心配はありません。でも、猪が多く垣で囲っています」
高さ1mもない垣だが、大丈夫とか。刈り入れも済み、
一列に稲穂が干してある。「だしかけ」と呼ぶそうだ。
今は少なくなった乾燥方法だ。
 「昔は、みな、ああだったんですけどね。
 自然乾燥だとお米の本当の味になります。
 赤米は稲の原種のような米で、収穫はあまりありませんが。
 普通のご飯でも、もち米と一緒に餅にしてもいいですね。
 赤く、あずきご飯のような色をしています」
棚田の風景がいい。でも、小型機械しか入らず、手間がかかるという。
 「この下が、『女淵(めぶち)』。昔、皇極天皇が雨乞いに
 来られた所です。奈良盆地は水不足の場所ですから」
棚田を横に見つつ坂を少し下りる。丸太で階段が造ってある。
流れが聞こえ、幅2〜3mの川の河原に到着。透き通った水だ。
 「今、歩いているのが、ボランティアが造ってくれた道です。
 飛鳥の地のこういう水の流れに親しみたいという人が、
 全国から来られています」
随分、奥まで来た。小さな滝と滝壷のようなものがある。
滝壺は直径5mほど。うっそうとした木々が茂り、空気が澄んでいる。
 「ここが女淵。1300年ほど前、天皇がここへ雨乞いに
 来られたことを、想像してみてください。米作り農家には、
 水は切実な問題だったんでしょう。天皇、
 しかも女帝まで動かしたんですから」
そうした農耕の発達により、富を得て、飛鳥の政権も豊かに
なったのだろう。1キロほど上流には「男淵(おぶち)」もあるという。



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飛鳥川


森川一憲さん(右)


珍しい「子持ち」の狛犬


棚田のだしかけ


ラジオ大阪