トップページindex出演者プロフィール
大阪市コミュニティ協会リンク
ピピッと大発見!
ロゴ トップページへ

毎回、大阪を拠点に活動しているNPO法人やNGO、ボランティア団体、そして大阪のいろいろな地域で活躍している方やその地域の活動内容を通して、大阪の「ひと」や「まち」の魅力を発見していきます。
たくさんの人に知って欲しい大阪を魅力いっぱい、情報満載でご紹介していきますので、みなさんご期待ください。

2006年4月1日(土)放送

今回は、『大阪案内人』西俣 稔(にしまた みのる)さんの活動を紹介します。これまでは、人数の多い少ないにかかわらず“団体”の活動を紹介してきました。しかし、今回の西俣さんは1人で活動をしています。知られざる大阪を知っていただくツアーについて伺います。

出演者写真



●インタビュー前半

藤原:「大阪案内人」は、普通の大阪のガイドとは一味違うと伺っていますが、具体的に活動についてお聞かせください。
西俣さん(以下、西俣・敬称略):例えば、本町の上を走っている阪神高速道路は南北に曲線を描いて曲がっています。これがどうして曲がっているのか。まっすぐでも良かったはずです。実は、これは1590年代に、高速道路の下を流れている東横掘川の開削を豊臣秀吉が命じたのですが、ちょうどそこに浄国寺があり、「寺までつぶすな」ということで、避けて曲がった地形ができたのです。その上に阪神高速を造ったため高速道路も曲がっていると。そういった過去の歴史から現在につながるガイドをしています。

藤原:一般的なガイドではなく、本で読んでも分からないような、知られざる大阪を知っていただくためのツアーガイドですね。
西俣:そうです。

藤原:ツアーには、どんな方が参加されるのですか?
西俣:ご年配の方の団体もありますし、若い方の団体もあります。今日もこの後、大正区のガイドをする予定になっていて、空掘の長屋を改造した「Roji room」というすてきなティールームをされている30歳ぐらいの夫婦の方を中心とした団体17名をガイドします。おそらく20代の若い方もいらっしゃると思います。

藤原:人数が多くないとガイドをしていただけないのでしょうか?
西俣:いえ、5名以上で申し込んでいただけたらガイドします。

藤原:では、友だち同士で気軽にお願いできるのですね。
西俣:そうです。

藤原:コースは、どのように設定されているのですか?
西俣:大阪市内を中心に守口も含めて、約20ほどコースがあります。細かく分ければ倍になりますが、だいたい20コースぐらい設定し、あとはご希望に応じています。好評であればまた次のコースをガイドするようにし、基本的に団体ごとに同じコースは歩かないようにしています。

藤原:人気のポイントはありますか?
西俣:生野区ですね。生野区は人口の4分の1に当たる4万人近くが在日コリアンというコリアタウン。韓国文化の素晴らしさが街全体に溢れています。日本と韓国との友好も見てとれます。これからガイドする大正区も4分の1が沖縄出身者ですから、沖縄の素晴らしい伝統を垣間見ることができます。また、十三から梅田というコースでは、下町十三の素晴らしさ、庶民のたくましさ、戦後の闇市の後にたくさん店ができたといったところもガイドしています。淀川はいろんな人の努力によって明治43年に開削されたのですが、その治水工事によって、安全な町になったことなどもガイドします。昔の人は素晴らしいことをたくさん残してくれています。



●スタジオ

藤原:大阪を案内しようと思ったきっかけは、12年前に自分の住む北区の“町歩きの会”のたぐいにご自身が参加され、ガイドさんの話を聞いて、今まで生まれ育った町にも、これだけの歴史があったのかと感動されたそうです。それに触発され、歴史を調べれば調べるほど面白い事実が出てくるので、1年間猛烈に勉強され、大阪の素晴らしいところをいろんな人に知ってもらいたいとボランティアでガイドを始められたそうです。

松本:調べたら、今度は知ってもらいたくなる。西俣さんは、そういうタイプの方なのでしょう。普段見落としがちな素朴な疑問に応えてくれるツアーということですからね。

藤原:さあ、後半部分はガイドの西俣さんから見る大阪の町の魅力などについてもお伺いしています。



●インタビュー後半

藤原:大阪らしさを見つけていけるような、町歩きのコツがあれば教えてほしいのですが。
西俣:一つは、町名ですね。たとえば放出(はなてん)、杭全(くまた)、十三(じゅうそう)、立売堀(いたちぼり)。読めないところを調べていきますと、そこに古代のロマンが込められています。例えば、平野区に加美(かみ)という町名があります。加える美しさで加美。これは、古代の渋川郡の上の方で、“上(かみ)”。たった一文字だったのですが、奈良時代にきれいな字をあてて、美しさが加わるとしたのが加美です。昔の人はおしゃれな、素晴らしい町名を残してくれています。

藤原:此花区に嬉ヶ崎(きがさき)というところがありますね。
西俣:福島区と此花区をつないでいる大きな橋を嬉ヶ崎橋と言います。かつて嬉ヶ崎という町名があり、今は埋め立てられていますが、昔、中津川という川幅の非常に広い川が流れていました。一方、伝法川は細い。だから、昔の船頭さんが大阪に入る時に逆流を越えた嬉しさ、乗り切った嬉しさが嬉ヶ崎です。そんなさりげない橋の名前に、船頭のたくましい腕が見える、想像がつく、それが地名の素晴らしさですね。

藤原:最後に、大阪のこんなところがいいと思うところを教えてください。
西俣:昔の人が苦労して行った治水工事ですね。先ほど言いました淀川の開削であるとか、安治川もです。河村瑞賢が1684年に元々一つだった九条島をたった3週間で切り開きます。「洪水が安らかに治まってほしい」から安治川。また、福島に大日本紡績の福島工場が明治29年にできますが、そのレンガの壁がポツンと民家の壁に残っています。これこそ、明治42年の北の大火事の類焼をそこで止めた壁です。また昭和20年6月の大阪市の大空襲を止めたという貴重な壁も残っています。壁一枚で歴史の明暗を分けた。昔の人が本当に苦労や犠牲を払って、私たちに安全と大阪の伝統を残してくれました。これを後世に伝えていく。そして、私の究極の夢は、新聞から暗い記事がなくなることです。私の役割は、大阪をガイドすることで、みなさんにいい大阪を知っていただき、ちょっとでも明かりを探していくことです。

藤原:今日はミニガイドをしていただき、素晴らしいお話をありがとうございました。これからも頑張ってください。



出演者写真 大阪案内人
西俣 稔さん

ディープな大阪を案内する西俣さん

桜の名所大川で大阪案内人です

地図を片手に扇町での案内

歴史ある上町台地での案内

福沢諭吉誕生地からの案内です

毎回、多くの人が
遠足気分で楽しんでいます




●スタジオ

藤原:地名や橋にも先人の知恵や様々な思いがあるものだと思いました。

松本:西俣さんは一つの地名を見ただけで、もう何かあるのではと、必ずアンテナを立てているのでしょうね。

藤原:以前、「どこどこの地名ってどういう意味?」と聞かれた時に、西俣さんがたまたま知らない土地があったそうですが、それが自分にとって嫌だったらしいです。大阪のことに関して知らないのは嫌だから、思いっきり探して調べるそうです。お話を聞きながら、「すごーい」、「すごーい」と私が言っていると、「じゃあね、“凄い”という言葉もね・・・」というふうに、凄いの語源を話されるんです。「“凄い”という漢字は、<にすい>に<妻>と書きます。つまり、『妻を見て凍りつく』という意味です」。また、昔の人は、稲妻を見たら、「凄い!」と凍りついたのだとか。ですから、「今の“すごい”という意味と昔の“恐怖”という意味とでは、ちょっと違うねんねー」とか、話のすべてが勉強になる物知り博士のような方でした。『大阪案内人』西俣稔さんにガイドをお願いしたい場合は、5人以上でお申し込みください。なお、ガイド料は無料です。



お問い合わせ/
TEL:070-5168-8096


● 取材を終えて、感じたこと
西俣さんは「大阪の地名で自分が知らない所があると嫌なんです!」と豪語されるだけあって、大阪の歴史をはじめ、たくさんのことを勉強されている方だと思いました。その数々の知識を、初めて聞く人にも分かりやすく話して下さるので、改めて大阪の地名の由来や背景に先人の知恵やロマンを感じ、つい身を乗り出して聞き入ってしまいます。
西俣さんの話は、どれも楽しく新しい発見が出来ます。話を聞けただけで、大阪を隅々まで歩いた感を味わえて、すごく得した気分でした。

ページトップへ

copyright(c)2005 OSAKA BROADCASTING CORPORATION