醸造安全祈願祭当日の
大神神社境内

三輪山の神と大和川が奏でる
お酒造りのハーモニー
〜「醸造安全祈願祭」を取材〜
2008年11月22日放送

初瀬川(大和川)の流れる奈良県桜井市三輪。大神(おおみわ)神社は、商売、物づくり、薬、縁結びなど、色々な神様として信仰を集めていますが、その一つに「酒造りの神様」があります。毎年11月14日には「醸造安全祈願祭」が行われ、地元奈良の他、灘や伏見、伊丹など、各地の酒造関係者が多数参列します。今年も、境内に日本酒のたるが積まれ、太鼓の音が鳴り響いて、祈願祭が始まっています。

大神神社で作られる酒蔵の杉玉

 祈願祭が粛々と進められる拝殿。しかし、不思議なことにその奥には本殿がありません。詳しいお話を大神神社の山田浩之さんに伺いました。
山田 三輪山がご神体のため本殿がありません。大国主神が少彦名神と一緒に国造りをしていると、少彦名神が遠い常世国(とこよのくに)に行ってしまった。大国主神が途方に暮れていると、海原を照らしながら神が現れたので、その神を三輪山に鎮めたら、国造りがうまくいったと、古事記には記されています。

 どうして酒造の神様なのでしょう。
山田 第十代崇神(すじん)天皇が、酒を造る人である掌酒(さかひと)の高橋活日(たかはしのいくひ)に命じて酒を造らせた際、活日は「これは私が造った酒ではなく、大和国を造った三輪の大神様が醸した酒だ」といった内容の歌を大神神社で詠んだことが、日本書記に出てきます。この祈願祭は大正時代に始まりましたが、日本書記の時代から酒の神様として尊ばれていたことが分かります。


大神神社の杉玉

 その歌を神楽として舞が奏された拝殿には、大きな杉玉がぶら下がっていました。
山田 直径が1m半以上あり、三輪のご神木である杉の葉で作られています。三輪の神杉で作ることに意味があるため、近畿を中心に全国の酒屋さんが新酒の出来上がりの印としてぶら下げているのは、ほとんどが当社で作った直径30cmほどの杉玉です。

 お酒造りに欠かせないのが上質の水。大神神社も、川や水とは縁が深いようです。
山田 三輪山の左右に初瀬川と巻向川が流れ、「水垣郷(みずがきごう)」と呼ばれる三角地帯を造っていて、そこに大神神社があります。三輪の地自体に良い水が豊富で、酒造りにも適し、造った酒を初瀬川の水運で運べたのでしょう。また、近くの摂社・狭井(さい)神社の「薬井戸」と呼ばれる井戸の水は、薬を飲む時に使う方が多く、遠くからもくみに来られます。酒造りに使う方もおられると聞いています。

水と米にこだわる若き杜氏


お酒には決して
強くないのですが・・・

 境内で振る舞い酒を頂いた後、祈願祭に参列した地元・三輪の今西酒造で杜氏をされている、中村裕司さんにお話を伺いました。お若い杜氏さんです。
中村 37歳です。30代の杜氏は、全国にも数えるほどしかいないはずです。サラリーマン家庭に育ち、私も大学を出てサラリーマンをしていましたが、お酒が好きなのでこの世界に飛び込みました。どう酒蔵に就職したらいいのか分からず、色々なところに電話した結果、まず新潟で5年働きました。関西育ちだし、周りは60〜70代の方ばかりなので、言葉や習慣の違いなどに苦労しました。奈良の蔵に移り、前杜氏の下で1年働いた後、杜氏となって6年がたちました。

 創業290年ほどの名門酒蔵の杜氏になり、プレッシャーはなかったのでしょうか。
中村 杜氏になったらこんなお酒を造りたいとか色々考えていましたか、まずは伝統を守る、味を守るということで頭がいっぱいになりました。地酒なので、地元の方に味が変わったと言われることが心配で。今は、味を守りつつ、お酒を通して地元の方と密になり、色々な社会貢献ができればと思っています。

 お酒造りで大事なのは、お米と水です。
中村 水は三輪山の方から地下で流れてきている、ミネラルをしっかり吸った伏流水を使っています。酒米は大和伝統のツユハカゼ(露葉風)で、3年前からは桜井の山の手で、自らそのお米を契約栽培しています。社員も田植えや稲刈りなどに参加していますが、稲刈りが終わって田んぼの横で食べたおにぎりが、今までで一番おいしかったですね。

 下流でも奇麗になってきている大和川について、思うところを伺いました。
中村 理想を言えば、大和川の水で直接お酒が仕込めたらと思いますね。例え仕込みには使えなくても、道具などを洗うような水を引けたら素晴らしい。もっと奇麗になれば、大和川で仕込み、この辺で取れたお米で醸したお酒が出来るんじゃないかと思っています。

 

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奉納された神楽
「うまし酒みわの舞」

醸造安全祈願祭を取材し、人々が何気なく飲んでいるお酒を造るため、一つのものにこだわっている方がたくさんいることを知り、素敵なことだと感じました。ただ、それは手を掛けて努力すればするほど味に現れるという、やりがいはあるけれども大変な仕事だということ。そして、やはり水の大切さも実感しました。