桃尾の滝(奈良県天理市)

滝が布留川の流れをつくり
歌や伝説を生み出した
〜桃尾の滝が滝開き〜
2008年8月2日放送

天理駅から直線距離で東へ約4km、うっそうとした木々に囲まれる桃尾の滝は、豊富な水量と落差で迫力満点。落ちた水は少し先で布留川(ふるがわ)に注いでいて、天理市内で大和川に合流しています。桃尾の滝は、これから滝開き。石上(いそのかみ)神宮の神職はじめ関係者が大勢集まって、神事の準備をしているところです。ここは有名な滝。涼を求めた子供連れの観光客らしき姿も見えます。

涼感たっぷり、桃尾の滝


杉谷さん

 滝近くの木陰に座り、「天理市観光協会」副会長の杉谷文夫さんにお話を伺いました。立派な滝です。
杉谷
 落差が23mあり、春日断層では一番大きな滝です。布留の滝とも言われ、古今和歌集にも詠まれるなど、昔から親しまれていて、古くからの行場としても有名です。今日の滝開きは、普段ここで修行されている何名かに、ほら貝を吹いていただいて始めます。

 滝つぼ左側の崖には、仏像が彫られています。
杉谷 三尊磨崖仏という不動明王で、鎌倉時代中期に出来た奈良県下でも屈指の名不動です。

 天理市観光協会では、桃尾の滝を含んだハイキングコースを用意しているとのこと。
杉谷 最長20kmからファミリーで歩けるコースまで、色々あります。一つは、ここを上って大国見山から岩屋町を通り、天理市街へ戻るコースです。奈良盆地が一望できるので大国見山と言いますが、天理東インターから上がっていって右側に見える一番高い山です。また、逆に龍王山という大きな山城を通り、三角縁神獣鏡が発見され、卑弥呼の墓とも言われる古墳がある柳本の方へ下がっていくコースもあります。

 杉谷さんの布留川での思い出について伺いました。
杉谷 子供の時分、二本松のバス停辺りに落差が少しついた滝がありました。子供たちが水浴びをする奇麗な所で、蛍がよく舞っていました。しばらくは絶滅したような形になっていましたが、たまたま私の友人である自然の会の会長さんがカワニナを育てられ、何年も前からまた蛍が舞うようになり、今はたくさんの方が見に来られています。川が整備され、もう滝のようにはなっていませんけど。また、50年前にはたくさんいたアメリカザリガニもずっと見なかったんですが、私の町内では数年前から川掃除の際に一緒に上がってくるようになりました。それに、(さらに上流の)この辺にはたくさんサワガニがいます。石の下にいっぱいおります。気温も天理の駅前と比べると4〜5℃は涼しく、滝の水蒸気などをもらうと、さらに涼しく感じます。

 

 

心を伝える川であってほしい

 桃尾の滝から布留川に沿って西へ。歴史ある石上神宮にお邪魔し、禰宜(ねぎ)職の西田享司 (きょうじ)さんに話を伺いました。北側には布留川が流れ、南側は日本最古の道と言われる山の辺の道に接しています。国宝や重要文化財もたくさんあります。
西田 ここは昔から色々な人が通り、古典の中にも多く出てきます。(文化財では)拝殿や割拝殿、七支刀(しちしとう)が国宝、楼門、鉄楯や勾玉などが重要文化財で、立派な神霊宿るお宮です。

 ここは天理市布留町。少し不思議な名前です。
西田  由来は色々な書物に出てきますが、鏡や剣などの十種神宝を振り動かして神霊を請う「振る」が出発点だと思います。時代が下ると信仰も変わり、世阿弥の「布留能」には、この川上から神剣が流れてきて、触れたる物をことごとく切り裂いたが、女性が洗っていた布に神剣が留まったため、この地に鎮座あるべきと御社を建てたと出てきます。布に留まるで布留です。また、中世には「雨は降る降る、布留の宮」と、稲作の雨ごいの祈りの宮としても信仰されています。

 境内にある鏡池には、伝説の魚がすむとのこと。
西田  後醍醐天皇が吉野に潜行される時、この少し南にあった内山永久寺の萱(かやの)御所にお入りになりました。ところが、追ってくる足利軍の軍馬に応じて馬がいななけば、天皇の居場所が分かってしまうため、家来が馬の首を切ると、それが池に落ちて「馬魚(わたか)」という草を食べる魚になったという、非常にユニークな伝説が残っています。

 最後に布留川への思いについて伺いました。
西田 万葉集に「いにしへもかく聞きつつや偲びけむ この布留川の清き瀬の音を」と出てきます。昔の人がさらに昔の人のことをしのんでいる姿を、私たちは歌を通じて知るわけですが、川の機能面だけでなく、昔の人もこのように瀬の音を聞いたんだというような懐かしい心遣いが、次の世代の人に伝わっていくような川であったら、一番うれしく思います。

******


石上神宮で西田さんと

7月20日に桃尾の滝で行われた滝開きを訪ね、石上神宮で布留についてのお話を伺いました。不思議なことに、滝はその音を聞き流れる様子を見ているだけで、心を穏やかに、そして元気にしてくれました。一方、布留の歴史や伝説を聞いてからは、何気なく見る風景にも深みを感じるようになりました。