菩提仙川

清酒発祥の地、菩提仙川
酒造り復活で水文化を守れ
〜 正暦寺の「菩提もと清酒祭」を訪ねて 〜
2007年11月3日放送

奈良市南東部の谷筋、市内屈指の紅葉の名所である正暦寺。そこに流れる菩提仙川は、大和郡山市内で佐保川に合流する大和川水系の川で、生い茂るカエデやモミジなどの木々や正暦寺の建物と一体となり、美しい山の風景をつくり出しています。川沿いには「日本清酒発祥之地」と刻まれた石碑が建ち、毎年、正暦寺で「菩提もと清酒祭」が行われます。清酒祭を訪ね、大和川とお酒の関係を探りました。

寺と酒の「意外な」関係

 菩提もと清酒祭が始ると、川のせせらぎと鳥の声以外には何も聞こえない正暦寺本堂に、お経が響きました。参加者の中には、清酒業界の関係者かと思われる人々も。これが終わると、本堂から少し下った菩提仙川沿いの庭で、尺八や和太鼓の演奏、餅つきやかす汁の振る舞いなども行われました。そんな中でお話を伺ったのは、大原弘信(こうしん)住職です。
住職 正暦寺は、正暦3(992)年に天皇の命令で出来た国立のお寺です。中世は興福寺別所として、近世以降は興福寺を離れて真言宗のお寺となりました。

 「日本清酒発祥之地」の石碑がありました。
住職 色々あるお酒のうち、澄んだ日本酒である清酒は、このお寺から始まり、日本全国に広まりました。正暦寺は別名「菩提山(せん)寺」といい、ここで造られたお酒のもと(菌が充満したもろみ)を「菩提もと」と呼んでいます。(1度途絶えた)こうした昔のやり方が、「奈良県菩提もとによる清酒製造研究会」の協力の下、平成10年から再現されております。菩提もと清酒祭は、菩提もとで造った清酒を皆さんに味わっていただく、秋の収穫際的な意味の酒祭です。

 奈良県菩提もとによる清酒製造研究会のメンバーお二人、奈良市の八木酒造・八木威樹社長と、御所市の油長(ゆうちょう)酒造・山本長兵衛社長にも伺いました。大正時代に途絶えた菩提もとによる酒造復活は、どのように始まったのでしょうか。
八木 最初、奈良の酒屋4軒がそれぞれの蔵で実験したところ、1軒だけが成功し、「菩提泉」として販売しました。しかし、若手がもう1回試してみようと、約3年かけて研究しました。(成果が出て)菩提もとを造る際、正暦寺で免許を申請すると、日本で唯一、お寺での酒母製造免許が下りたのです。お寺で酒造りは不思議に思われるかも知れませんが、ヨーロッパでは修道院でワインを造っており、日本でも、お寺での酒造り文化が途絶えているだけであって、外国人からすると当たり前のことではないでしょうか。


菩提清酒祭

大切なのは水風景を守ること

 山本さんは、酒造の歴史にも精通されています。
山本 約5千年前に稲作が入った当時から、多分、自然発生的に濁り酒が造られ、室町時代の1400年代に、もろみを袋でこして固体と液体に分けた清酒が生まれました。固体(酒かす)を使った奈良漬けも出来、どちらも、歴史をたどると正暦寺に行き着きます。

 なぜ、正暦寺はお酒造りに向いていたのでしょう。
山本 大和には、土木工学や機織り、酒造りなど、色々な技術が大陸から入り、その窓口になっていたのがお寺だと思います。正暦寺には、広大な荘園と80超の塔頭(たっちゅう)、奇麗な菩提仙川があり、年貢、大勢の僧侶、水の三つが、大陸からの技術と相まって、お酒造りが始まったのだと思います。

 再び大原住職に伺いました。今も菩提仙川の水を使って、菩提もとを造っているのでしょうか。
住職 菩提仙川の主流の水を取れたらいいのですが、昔と水質が変わっていることもあり、今は山で一番いいのではないかと思われる石清水を使っています。

 それは、大和川の河口まで流れている水でもあります。上流を預かる立場としての思いを伺いました。
住職 私たちは、水文化やお米文化を守る意味でも、お酒造りをしているのです。風景がただ美しければいいというのではなく、日本の原風景である山川や水田の風景に深く関わるものを預かる、その一端を担っているかと思います。この水風景を守るために、酒屋さんたちも頑張っている。それが、奈良県の文化と伝承につながり、日本の文化を守っていく手立てにもなると考え、(菩提もと造りを)お受けしたのです。

 お話を伺った後、菩提仙川沿いを正暦寺本堂よりもさらに奥へと歩きました。川に目をやると、石にこけが生え、魚が泳いでいるのがはっきりと見えます。かなり水が奇麗です。そして、大きめの石で出来た階段状になったところを上がり、橋の近くまで行くと、なんと滝が現れました。自分は大自然のど真ん中に立っているんだなという、不思議な気持ちになれます。

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(左から)住職、愛須、
八木さん、山本さん

10月21日、奈良市の正暦寺で行われた菩提もと清酒祭を訪ねました。一度途絶えたものを復活させるのは、本当に大変なこと。やり遂げた皆さんの熱意を感じました。そして、お酒造りを通し、豊かな自然や文化が伝わっていけばいいと思います。皆さんも、大和川でその歴史に思いを馳せてはいかがでしょうか。