伊達さんの工房で

 造形作家の伊達伸明さんは、建て替えや取り壊しになる建物の部材(廃材)を使ってウクレレを作り、“建物の音”を残す建築物ウクレレ化保存計画に取り組んでいます。伊達さんが建物からウクレレを作るのは、大きく分けて二通り。一つは建物の持ち主から頼まれて有料で作るケース、もう一つは伊達さん自身が気に入っていた建物を持ち主にお願いして自主的に作るケース。前者の場合、完成したウクレレは持ち主に引き渡されますが、後者の場合は伊達さん自身が所有することになります。色々な部材、時にはガラスを使うこともありますが、出来上がったウクレレは楽器としても高い評価を得ています。
 伊達さんは芸術大学で漆(うるし)を専攻。しかし、音楽が好きで楽器演奏もしたことから、椀や重ではなく、漆塗りのオリジナル楽器を作ったのが、楽器と関わるようになった始まりとのこと。その後、小さな太鼓のような楽器をたくさんつるした造形作品を展示する中、“場所の大切さ”を感じはじめ、小さなハンマーのようなものを仕掛けておき、見に来た人が操作すると展示会場の建物のどこかを叩く作品を作るように。それを通じ、「建物が楽器」だと感じるようになったそうです。

扇町ミュージアムスクエアウクレレ

 これまでに作ったウクレレは50本以上。うち7割が頼まれたもので、廃校になった小学校や劇場などのほか、思い出が詰まった個人宅の部材から作ることも多く、一度、結婚式と育った家の改修が重なった人から両親へのサプライズプレゼントとして依頼されたことがあったそうです。その人から結婚式の写真を見せてもらったところ、金屏風の前で一家が並び、お父さんが誇らしげにウクレレを掲げていた姿があり、伊達さんは作者冥利に尽きる思いがしたそうです。
 そのような依頼作品は先方に渡っているため、取材時に工房にぶら下がっていたのは伊達さんが自主的に作ったものばかりでした。そんな中に、大阪北区にあった扇町ミュージアムスクエアの部材で作ったウクレレを発見。ウクレレ表面は、1階にあった劇場のステージから控え室へと入るドアで作られ、裏面には、屋上に設置されていた緑の大きな恐竜の尻尾の先端が付けられていました。

美章園温泉ウクレレ

 阿倍野区にあった美章園温泉もウクレレになっていました。この銭湯は、国の有形指定文化財になっていた名建築物で、2年前に惜しまれつつ取り壊しになりました。ウクレレの表は番台の木。ネック部分には「貴重品は番台へ!」という注意書きの札が張られ、裏側には懐かしい木札と金具で出来た下足箱の鍵が取り付けてあるユニークなウクレレでした。
 演歌の殿堂、通天閣歌謡劇場の(2004〜2005年の改装前の)部材を使ったウクレレもあり、ステージ板や、ステージ上方に「通天閣歌謡劇場」と表示されていたうちの「天」の文字が使われ、そこに、劇場に飾られていた餅花、きらきらモール、ちょうちんなどが取り付けられていました。
 どの部材を使うか、どのように決めるのか?劇場などの場合は、現場に入ってぼうっと眺めて目が行ったところに、そのポイントがあるとのこと。そこは多くの人が劇場に行って目にするポイントであり、記憶にとどめている眺めでもあるそうで、それを使うのが基本だそうです。伊達さん自身、完成したウクレレを見て、「ああ、あの劇場はこんな感じやったわ」と思うことがあるとも語ってくれました。

開高宅の部材で製作中

 現在、取りかかっているのは、大阪市東住吉区にあった作家・開高健の旧宅。それは2010年7月3日の放送で訪ねた長屋で、今年1月下旬に取り壊されました。伊達さんは、開高があの長屋に住んでいたころを綴った自伝的な作品を参考に、取り壊し前の建物を訪問。多感な青春期ににらみつけたであろう天井板を見つけ、よれよれになって踏みつけた時もあったであろう階段の音を想像しつつ、部材を集めたそうです。なお、完成後のウクレレは、2011年2月11〜20日まで、なんばパークスで開催される「生誕80年 大阪が生んだ開高健展」で展示される予定です。

 最後に、伊達さんは大阪サンケイホール(現在はサンケイホールブリーゼに)の部材で作ったウクレレで、「見上げてごらん」を演奏してくれました。ヘッド部分には、ホール中央にあった座席T-18の札が付けられ、表面は釘の跡で傷だらけになったステージ先端の木、裏面は「舞台禁煙」の文字が書かれた裏方スペースの部材で製作。観客、出演者、スタッフという3者の視点からポイントとなる部材が選ばれていました。