永井佳子さんと

 大阪市中央区の空堀(からほり)地区は、商店街を中心に昔ながらの長屋と人情味が残る大阪らしい町。しかし、長屋がマンションに変わり、商店街にはシャッター目立つという現実も。そんな中、老朽化した長屋を再生する動きがこの町で始まり、店を経営したり住んだりする若者が増えています。最近、何かとマスコミで取り上げられる機会が多い注目の町。今回は、それを支えるさまざまな人たちを訪ねました。
 はずは、松屋町筋側からの空堀商店街入り口にある「からほりさろん」の永井佳子さん。組織の正式名称はNPO法人高齢者外出介助の会で、永井さんはその事務局長。1994年、外出を望む高齢者に介助ボランティアを紹介する活動をスタートさせ、最初はその活動拠点を別の所に置いていたそうです。しかし、階上にあったため、外出のついでに立ち寄ってみたいという利用者の希望に添えませんでした。そんな中、約500万円を寄付していくれた人がいたため、現在の場所に移転することができ、誰にでも気軽に立ち寄ってもらえるようにしたのだそうです。地域の方はもちろん、空堀商店街に来てちょっと疲れた人、通りがかりに興味を持った人などが、ふらりと寄ってくれるとのこと。また、大阪市中央区地域包括支援センターの紹介で、介護認定・要支援(施設入所ができない)の高齢者の利用もあるそうです。

サロンに並ぶ手作り作品

 ここが外出介護の拠点から本格的なサロンになっていった大きな理由は、2000年に始まった介護保険サービス。外出介助にも、日ごろ介護に来てくれるヘルパーを指名する高齢者が多くなり、(ボランティアの交通費負担のみで)無料利用できるのにも関わらず、外出介助の利用が減ってきたのだそうです。
 今ではここで、食事会、文学を読む会、 古いレコードを聴く会、落語会、童謡唱歌を歌う会(別の会場)などを開催。その運営にも高齢者自らがボランティア参加してくれているそうで、とくに文学を読む会の講師を務めている方は、要介護3の認定を受けている方だそうですが、今や、講師を務めた後、途中でワインを買いつつ歩いて上町筋まで歩いて帰るのが日課になっているそうです。
 サロンの中には手作り作品もいっぱい。並べるようになったのは、家に閉じこもってこうした作品を作り続けていた当時90才の女性を何とか外出させようと、家族がここに連れてきたのがきっかけとのこと。最初は週に半日ほど話をして帰る程度だったそうですが、やがてここに作品を展示するようになり、その作品が売れたこともあって、今では積極的に作品を作り、サロンに出入りするようになっているそうです。
 からほりさろんで最後に見せていただいたのが、会が発行する「からほり新聞」。そこには空堀で活躍するユニークな皆さんが紹介されています。次に、そんな方々を訪ねることにしました。

角に立地していることを生かして
憩いのスペースを創出

 からほり新聞に紹介されいた方のうち、最初に訪ねたのは、空堀商店街にある「こんぶ土居」の土居成吉(しげよし)さん。漫画「美味しんぼ」でも紹介された「こんぶ土居」は、創業107年の老舗昆布店です。デパートからの出店オファーも断り、決して利潤追求に走らず、店の切り盛りをご子息に任せる一方で、まちづくりや商店街の活性化に力を入れている土居さんは、まちづくりに必要なのは3種類の人たちだと考えています。まずは町会長をはじめとする地縁団体の人々、次がNPOなどのまちづくりグループ、そして3番目が、そのどちらにも属さない「こんぶ土居」のような商店。空堀らしい個性のある店づくりをして、少しでも多くの皆さんに足を運んでもらうことが使命だというわけです。
 そんなまちづくりの一環として店の前に設置しているのが、空堀のスケッチの展示と丸太椅子。 空堀には案外休憩場所が少ないため設置したそうですが、今では、お年寄りや買い物客が一休みしたり、夏場に親子がかき氷を食べたりといった場所に。土居さんが一番うれしく感じたのは、小学生がここで宿題をしているのを見かけた時だそうです。

土居成吉さんと

 空堀には、新しいことをしようとこの町にやってくる若者を迎え入れる姿勢があるとのこと。漬け物や豆腐など伝統的な商売は難しいものの、雑貨店やドーナツ店、ビルの地下で営む青果店など、既に若者たちが積極的にこの町でチャレンジしていて、空堀の商店街の後継者となることが期待されています。
 土居さんによると、沖縄では伝統的な漆喰シーサーの作り手がほとんどいなくなっている中、北海道出身の人が漆喰シーサー作りをしているそうです。空堀のような昔からある商店街にも後継者不足という悩みがあるものの、外から若者が入ってくることはとても喜ばしいこと。近年、農業や漁業にも同じような傾向が見られますが、それは、この不況がもたらしたせめてもの福音だと土居さんは考えています。

空堀を描いた絵はがき
     
 次に訪れたのは、空堀でテーラーを営む池田稔さん。池田さんは絵が得意で、空堀の町を描き続けています。その技術を生かし、空堀地区HOPEゾーン協議会「空堀まちなみ井戸端会」が発行する絵はがきに絵を提供しているのです。
 以前は大阪城ばかりを描いていた池田さんですが、3年前からは地元空堀に目を向けはじめました。それは、次々に昔ながらの建物がおもしろみのない鉄筋コンクリートへと建て替わっていく様子を見たため。池田さんによると、空堀の場合、商店街から少し外れたところにおもしろい風景があり、戦前からのそうした町並を絵に残したくなって描き始めたそうです。今、描いておかなければもう見られなくなる、描くことで町並保存に協力できればと考えたのだそうです。ただ、その一方で、商店街を少し入った路地に新しいブティックや居酒屋などが出来ている姿は、空堀の魅力の一つだとも語ります。
 絵はがきは5枚1組となっていて、「空堀まちなみ井戸端会」が発行。希望者には町づくりへの協力金として400円をお願いしているということです。