深江郷土資料館

 7月に深江郷土資料館がオープンしたことを大阪市のホームページで知った藤原宏美。しかし、行ってみるとそこは大阪市の施設ではなく、地元の篤志家が土地と建設費用を提供して建てられたものであることが分かりびっくり。その篤志家とは、深江郷土資料館理事長に就任した石川健二さん。石川さんによると、管理も地元の方60人ほどが十数組に分かれて順番に担当し、土曜、日曜、祝日のみ無料で開館しているとのこと。 そこに、東成区役所(大阪市)も、ふるさと納税を財源とした大阪市市民活動推進基金を活用して、資料館の展示や資料作り面で協力しているそうです。
 深江は、昔、スゲの産地でした。それを使った菅細工が盛んで、暗越(くらがりごえ)奈良街道では菅笠が売られていました。今も20年に一度行われる伊勢神宮の式年遷宮の際は、深江から菅笠が献納されます。資料館には、中央に展示されている直径170センチもの菅笠をはじめ、菅細工製品が並んでいます。また、資料館の横では菅田が復活していて、3年後の式年遷宮には、そこで育てられたスゲを使って作った菅笠が献納されるそうです。

角谷一圭作の銅鏡

 菅笠の他に展示されているものとしては、まず、深江出身の釜師、人間国宝・角谷一圭(かくたに・いっけい 1904-1999)の作品があります。子息で角谷家釜師三代の征一さんによると、茶道では秋から冬場に使われるのが大きめの炉釜、春から夏場に使われるのが筒状をした小さめの風炉釜とのこと。ここでは、その両方の作品を2種類ずつ見ることができます。
 また、角谷家は伊勢神宮に銅鏡を納めてきました。征一さんは、過去2回、手伝いとして銅鏡作りに携わってきましたが、次回の式年遷宮では自らが主役となります。資料館には、前回、納められた銅鏡のレプリカと言ってもいいほどよく似た、一圭作「花喰双鳥文白銅鏡」が展示されていて、滅多に見ることができないものを目にすることができます。

旦入作 利休七種茶腕

 写真は石川家所蔵の楽焼きの茶碗。千利休が特に好んで銘を付けた楽家初代の長次郎作と伝えられる茶碗、大黒、鉢開、東陽坊、早船、木守、検校、臨済の七つの茶碗を、楽家十代の旦入(1795-1854)が写した作品「利休七種茶碗」です。
 角谷一圭の兄である興斎(よさい)も著名な釜師で、裏千家の職方として活躍。その孫で将来の三代興斎である角谷和彦さんにもお話を伺いましたが、どうやらこの茶碗、飛んでもなく価値のある作品のようでした。これもまた、地元の皆さんに守られつつ、多くの皆さんに見て頂けるようになっているのです。

【開館日】  土曜日・日曜日・祝日(年末年始は休館) 
【開館時間】 午前9時30分〜正午 午後2時〜午後4時30分
【観覧料】  無料
【場所】    地下鉄千日前線「新深江駅」下車(3号出口)・徒歩10分
【電話】    電話06-6977-5555

法明寺の雁塚

 深江郷土資料館でお話を伺った後、深江の町を散策することに。ご案内いただいたのは、深江連合振興町会の会長、中野寿夫(ひさお)さんです。まずは、資料館の近くにある法明寺へ。深江に四つあるお寺の中でも一番古く、700数十年の歴史があるそうです。この法明寺の墓地に1対になった石塔がありました。「雁塚(かりつか)」です。
 これにまつわる伝説について、中野さんが説明してくれました。お話によると・・・その昔、弓の名手が狩りに出かけ、1羽の雁を射ち落としましたが、落ちてきた雁にはなぜか頭がありませんでした。変だと思って帰りましたが、一年後に別の雁を落とすと、羽の下から1年前の雁の頭が出てきました。この話を聞いた法明寺を開いた法明上人は、雁の夫婦愛に心をうたれ、その冥福を祈るために石塔を建立しました。

安堵の辻で中野さんと
 

 2カ所目は、安堵(あんど)の辻。T字路になっている辻ですが、そこに東小路地蔵講のお地蔵さんが祭られています。
 法明上人はここで、天から降りてきた尊い僧、沙弥教信と出会い、「あなたは来年の6月16日に、極楽浄土へ安らかに旅立つことができるでしょう」と言われたとのこと。良いお告げを聞いたと喜んだ上人は、お告げ通りの日に亡くなりました。その尊い僧に極楽浄土に行けると聞いて、法明上人がやれやれと安心した辻だったため、安堵の辻と呼ぶようになったそうです。
 中野さんによると、「深江は最高に人情味のある土地。これからもここでずっと暮らしていくつもりで、きっと幸せな一生を送れることでしょう」とのこと。だんじりも復活し、深江の良さは大切に守られているようです。
 また、深江に増えてきたマンション住まいの新住民との交流も試みているそうです。2年前からフォーラム 「暗越奈良街道」を毎年開催していて、今年も11月7日(日)に実施。今回は手作りのあんどん150基をお地蔵さんや暗越奈良街道などに設置し、6日(土)には前夜祭も行うそうです。また、深江南公園では子供たちを対象にした催しも予定されているとのことです。

 
 これが高井田系ラーメンだ!
 
 取材の際、中野さんに町の自慢として教えられたのは高井田系ラーメンのこと。高井田という名前から、東大阪のイメージが強かったのですが、実は隣接する東成区深江南が発祥地なのだそうです。戦後間もないころ、この地に2軒のラーメン店が誕生。2軒目は、元々、アイスキャンディーを売っていたお店でしたが、やがてラーメン専門店に。その場所が高井田のバス停前だったため、いつの間にか「高井田ラーメン」と言われるようになったそうです。
 創業者は2軒とも伊賀上野出身だとのこと。そのことと何か関係があるかどうかは不明ですが、あっさりしたしょうゆ味と極太麺が特徴。今ではこうしたラーメンを出す店は東成区や東大阪の広い範囲にわたって増えていて、高井田系ラーメンと呼ばれるようになりました。
 お腹もすっかり満足の藤原宏美でした。