吉野朝宮跡
吉野朝宮跡

吉野山の下千本エリアの桜 吉野山 金峯山寺(きんぷせんじ)仁王門
吉野山の下千本エリアの桜 毎年、大勢の人でにぎわう吉野山 金峯山寺(きんぷせんじ)仁王門

 下千本、中千本、上千本、奥千本と、エリアごとに1カ月近く桜が楽しめる吉野山。その数は200 種3万本とのこと。そんな吉野の下千本エリアにあるのが、修験道の祖である役行者(えんのうぎょうじゃ)が開いたとされる金峯山寺(きんぷせんじ)。国宝の蔵王堂を中心にした金峯山修験本宗の総本山で、世界文化遺産にも推薦されています。毎年4月には、全国でもここだけという女性行者による採灯大護摩供が行われ、桜に“花”を添えます。

金峯山寺の仁王像 蔵王堂 「女人採灯大護摩供
金峯山寺の仁王像 蔵王堂(国宝) 2004年6〜7月に世界文化遺産に登録される 毎年4月10日に行われる「女人採灯大護摩供」

 蔵王堂を西に下りると、桜の花で鮮やかに着飾った「吉野朝宮跡」があります。南北朝時代、後醍醐天皇はここにあった実城寺を皇居とし、その悲運の生涯を閉じました。実城寺は明治時代に廃寺となり、今は南朝妙法殿が建っています。
 桜井市初瀬にある長谷寺は「花のみてら」と呼ばれ、とくにボタンが有名。また、桜も吉野と並ぶほどの名所で、山の斜面に建つ伽藍が桜との絶妙のハーモニーを奏でます。その様子はまさに、『花の寺 末寺一念三千寺 花咲かば堂塔埋もれつくすべし』という高浜虚子の歌そのままです。

桜で埋まる長谷寺 「花のみてら
桜で埋まる長谷寺 長谷寺はどこを見ても絵になる「花のみてら」

 ところで、「はせ」は「初瀬」とも「長谷」とも「泊瀬」とも書きます。「長谷」は、おそらく桜井から初瀬まで谷が細くて長いためにこう表現されたと想像されます。一方、上流が谷間を巡るような急な流れの初瀬川が、長谷寺のところで緩やかになって初めての瀬を作ってることから、「初瀬」という文字も使われたといわれています。「初瀬街道」は、奈良や京都から、天理や桜井などの大和盆地東側の山すそを下り、海柘榴市(つばいち)で東へ折れて長谷寺へ行くルートと考えられています。奈良の興福寺や春日大社、天理の石上(いそのかみ)神宮、桜井の大神(おおみわ)神社に参る、信仰の道でした。

真言宗豊山(ぶざん)派総本山・長谷寺 長谷寺 初瀬街道
真言宗豊山(ぶざん)派総本山・長谷寺 長谷寺も毎年大勢の観光客でにぎわう 国道165 号と並行して残っている昔の初瀬街道(桜井市)

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