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「上狛(かみこま)のお茶問屋街」 泉橋寺石像地蔵菩薩像
京都府山城町・「上狛(かみこま)のお茶問屋街」 泉橋寺石像地蔵菩薩像(町指定有形文化財)

 京都府城陽市、井手町、山城町、木津町を南北に走る25kmの「山背(やましろ)街道」。山城町の上狛地区には、環濠(かんごう)集落が広がっています。応仁の乱で戦場となったころに集落の骨組みができたようで、外から集落の中が見えないようにやぶや雑木林があり、集落へ入るための八つの橋は夕方に門が閉ざされました。また、橋を通って入っても真っすぐ中心に行けないように道が両側に分かれていきます。中には、村人が昭和30年代前半まで共同で使っていた「郷井戸(ごういど)」の跡があり、すぐそばに残る撥釣瓶(はねつるべ)の支柱は、シーソーのような棒の一方に石をつけ、釣瓶で水をくんでいたことをうかがわせます。
 立派な屋敷が続く辺りは「上狛のお茶問屋街」。最盛期には100軒を超える問屋があり、明治時代にはここのお茶が神戸を通じてアメリカへ輸出されたため、「東の神戸」と呼ばれていたそうです。

上狛の環濠(町指定史跡) 山背街道の約200 カ所に設置された陶器 山背街道 郷井戸の跡と撥釣瓶の支柱

 泉橋寺(せんきょうじ)には、高さ4.6m、丸彫りでは日本一大きいお地蔵さんがあります。1300年代初頭に造られ、応仁の乱で焼かれた跡が顔や手に残っています。江戸時代のお寺再建の際、お地蔵さんが夢枕に立ち、木津川がよく見えるように地蔵堂は造らなくていいと話したとの言い伝えも残っています。

泉橋寺表門 泉橋寺表門 泉橋寺表門
泉橋寺表門(町指定史跡) 泉橋寺五輪塔(国の重要文化財) 泉橋寺(境内が町指定史跡)

 神童寺(じんどうじ)は、聖徳太子が創建し、役行者(えんのぎょうじゃ)が大きくしたお寺といわれ、吉野に対抗して「北吉野神童寺」とも呼ばれています。
 日本で唯一人が住んでいる古墳、椿井(つばい)大塚古墳。前方後円墳の後円の真ん中にはJRも走っています。昭和28年、当時の国鉄が斜面をなだらかにする工事をすると、石室や三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)が出てきて大騒ぎになりました。古墳上に住む皆さんは、この下に卑弥呼が眠っていると信じて保存に取り組んでいます。

神童寺本堂(重要文化財) 神童寺「行者の滝」 前方後円墳の椿井(つばい)大塚古墳(国指定史跡) 椿井大塚古墳の中を通るJRの線路

 

近畿道ものがたり取材アルバム 道でたぐる想い出の糸